医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像

『医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像』
ドイツ語: Der Arzt Gian Giacomo Bartolotti da Parma
英語: Portrait of the Physician Gian Giacomo Bartolotti da Parma
作者ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
製作年1515–1518年
種類キャンバス上に油彩
寸法88 cm × 75 cm (35 in × 30 in)
所蔵美術史美術館ウィーン

医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像』(いしジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマのしょうぞう、: Der Arzt Gian Giacomo Bartolotti da Parma: Portrait of the Physician Gian Giacomo Bartolotti da Parma)、または『男性の肖像』(だんせいのしょうぞう、: Portrait of a Man)は、イタリアルネサンスヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1515-1518年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。画家の初期の肖像画中、最も傑出したものの1つである[1]。現在、ウィーン美術史美術館に所蔵されている[1][2]

制作年

ゲオルク・グロナウ (Georg Gronau) によれば、この絵画は1511年ごろに描かれたにちがいなく、それはティツィアーノによるパドヴァフレスコ画中に様式的に非常に類似した頭部が見出せるからである[3]。美術史美術館では、制作年をもう少し遅い1515年ごろとしている[2]。イタリアの画家カルロ・リドルフィは、1648年ごろにヴェネツィアバルトロメオ・デッラ・ナーヴェ(英語版)の家で見ている[4]。本作は、1660年のオーストリアレオポルト・ヴィルヘルム大公の作品目録である『絵画の劇場(英語版)』にティツィアーノ作品として記載されている[3]

来歴

ヤン・ファン・トロイエン(英語版)による『絵画の劇場(英語版)』 (1660年) 中のエングレービング。 ティツィアーノの作品にもとづく。
  • 1636—ヴェネツィアのバルトロメオ・デッラ・ナーヴェのコレクション
  • 1638–1649—ジェイムズ・ハミルトン (初代ハミルトン公爵) のコレクション
  • 1660—オーストリアのレオポルト・ヴィルヘルム大公のコレクション[2]

作品

この肖像画には、50歳前後のヴェネツィア知識人の敏捷な頭脳と決断力を感じさせる精力的な風貌が描かれている[1]。人物の鋭い個性把握は、同時にティツィアーノの肖像画の基本的特性をなす「称揚的理想化」によって、雄弁で英雄的な性格を獲得している[1]。4分の3正面向きで、暗色の背景と衣服によって細部を隠し、焦点である頭部と手だけを部分的照明によってくっきりと浮かび上がらせる手法は、以降も画家の常套手段となる[1]

本作の人物は確証はないものの[1]ジャン・ジャコモ・バルトロッティ(英語版) (活動期間1491-1530年) だと考えられている[1]。彼はパルマ出身の内科医で著作家でもあり[2]、ティツィアーノの医師であったといわれている[1][5]。この人物への特定化は、カルロ・リドルフィの1648年の以下の記述にもとづいている。

Altro ne fece del medico suo detto il Parma, di faccia rasa, con chioma canuta a mezza orecchia, …
「彼は、医師のもう1点 (肖像画) を描いたが、それはイル・パルマと呼ばれ、顔の髭を剃り、耳の中ほどまで白髪がかかっている…」[4]

グロナウは、ティツィアーノの初期の肖像画を比較検討すると、人間性の本質的特徴を表すために手が利用されていると述べている。本作では、力強い左手が肩から垂れ下がっている黒い布を握っているが、それは「この偉大な医師が遠くからでも認識されうる仕草」で、「集中した表情で、視線はどこか遠いところに据えられているが、間違いなく、それは仕草にいささかも劣らない彼の特徴なのである」。

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之 1984年、87頁。
  2. ^ a b c d “Gian Giacomo Bartolotti da Parma”. 美術史美術館公式サイト (英語). 2023年10月5日閲覧。
  3. ^ a b Gronau 1904, p. 276.
  4. ^ a b Ridolfi 1648, pp. 151–152.
  5. ^ Gronau 1904, p. 317.

参考文献

  • 前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9 ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
  • Ricketts, Charles (1910). Titian. London: Methuen & Co. Ltd. pp. 46, 54, 59, 108, 175, plate xxxviI.
  • Ridolfi, Carlo (1648). Le maraviglie dell'Arte ovvero, Le vite degli Illustri Pittori Veneti e dello Stato. Vol. 1. Venice: Giovanni Battista Sgava. pp. 151–152.
  • "Der Arzt Gian Giacomo Bartolotti da Parma". Kunsthistorisches Museum. Accessed 21 August 2022.

注:

  • この記事には現在パブリックドメインとなったGronau, Georg (1904). Titian. London: Duckworth and Co; New York: Charles Scribner's Sons. pp. 42–43, 276, 317.からの記述が含まれています。

外部リンク

  • 美術史美術館公式サイト、ティツィアーノ『医師ジャン・ジャコモ・バルトロッティ・ダ・パルマの肖像』 (英語)
世俗画
肖像画
宗教画
  • 聖母子とパドヴァの聖アントニウス、聖ロクス』(1508年頃)
  • 『十字架を担うキリスト』(1510年頃)
  • 聖家族と羊飼い』(1510年頃)
  • 新生児の奇蹟』(1511年)
  • ジプシーの聖母』(1511年頃)
  • 『キリストの洗礼』(1511年-1512年頃)
  • 『大天使ラファエルとトビアス』(1512年-1514年頃)
  • 『ノリ・メ・タンゲレ』(1514年頃)
  • サクランボの聖母』(1515年)
  • 『貢の銭』(1516年)
  • 聖母子と聖ドロテア、聖ゲオルギウス』(1516年–1518年頃)
  • 『聖母被昇天』(1516年–1518年頃)
  • 『受胎告知(トレヴィーゾ大聖堂)』(1520年頃)
  • 『キリストの埋葬(ルーヴル美術館)』(1520年頃)
  • アヴェロルディ家の祭壇画』(1520年–1522年)
  • ペーザロ家の祭壇画』(1519年–1526年頃)
  • 聖母子と聖カテリナと羊飼い』(1530年頃)
  • 『アルドブランディーニの聖母』(1532年頃)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(パラティーナ美術館)』(1533年頃)
  • 『受胎告知(サン・ロッコ大同信会)』(1535年頃)
  • 『聖母の神殿奉献』(1534年-1538年頃)
  • シャッラの聖母』(1540年年頃)
  • 『洗礼者聖ヨハネ』(1540年-1542年頃)
  • 『荊冠のキリスト(ルーヴル美術館)』(1542年-1543年)
  • 『この人を見よ(ウィーン)』(1543年)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(カポディモンテ美術館)』(1550年頃)
  • 『アダムとイヴ』(1550年頃)
  • 『ラ・グロリア(聖三位一体の礼拝)』(1551年-1554年)
  • 『聖ラウレンティウスの殉教』(1548年-1559年頃)
  • 『キリストの埋葬(プラド美術館)』(1559年)
  • 『ゲツセマネの祈り』(1558年-1562年頃)
  • 『受胎告知(サン・サルバドール教会)』(1559年-1564年頃)
  • アルベルティーニの聖母』(1560年–1565年頃)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(エルミタージュ美術館)』(1565年頃)
  • 『聖マルガリタ』(1565年頃)
  • 『祝福するキリスト』(1570年頃)
  • 『荊冠のキリスト(ミュンヘン)』(1570年頃)
  • 『聖セバスティアヌス』(1570年-1572年)
  • スペインによって救済される宗教』(1572年-1575年)
  • 『ピエタ』(1575年-1576年)
関連項目
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