庄野誠一

庄野 誠一(しょうの せいいち、1908年5月9日戸籍上は5月28日) - 1992年1月25日[1])は、日本の作家・編集者。

人物・来歴

東京・芝生まれ[1]慶應義塾大学文学部仏文科中退[1]水上瀧太郎に師事し1929年より『三田文学』等に創作を発表。その後、病気療養の期間があり、1941-1942年『文學界』編集長、戦時中養徳社東京支社長。1952年「この世のある限り」で芥川賞候補。その後三田文学会理事。長男は文藝春秋の編集者・庄野音比古。松本清張砂の器』は庄野の代作ではないかと甥の水野忠興は書いている。[2]

著書

  • 『肥った紳士 短篇集』砂子屋書房 1938
  • 『青年への窓』天理教道友社 1956

編著

翻訳

脚注

  1. ^ a b c 庄野 誠一とはコトバンク。2022年8月13日閲覧。
  2. ^ 水野忠興『秋の蝉』

参考

  • 芥川賞のすべて
  • 『文學界』
典拠管理データベース ウィキデータを編集
全般
  • ISNI
  • VIAF
国立図書館
  • 日本
学術データベース
  • CiNii Books
  • CiNii Research