ヤマニンウエーブ

ヤマニンウエーブ
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1967年3月9日
死没 1978年12月4日
(11歳没・旧12歳)
ラヴァンダン
ヤマナミ
母の父 ゴールデンウエーブ
生国 日本の旗 日本北海道苫小牧市
生産者 錦岡牧場
馬主 土井宏二
調教師 中村覚之助(栗東
競走成績
タイトル 優駿賞最優秀5歳以上牡馬(1972年)
生涯成績 48戦10勝
獲得賞金 1億4430万7600円
勝ち鞍 天皇賞 (秋)1972年
京都記念 (秋)(1972年)
テンプレートを表示

ヤマニンウエーブ日本競走馬種牡馬福永洋一とのコンビで1972年秋の天皇賞に優勝し、同年の優駿賞最優秀5歳以上牡馬に選出された。

略歴

馬齢は当時の表記とする。

4歳時の1970年2月8日にデビュー、初勝利までに3戦を要するなど順調に勝ち上がれず、4、5歳時は重賞への出走もないまま、2年を条件馬として過ごした。1972年4月に格上挑戦で鳴尾記念に臨んで重賞に初出走すると、次走・33戦目の1000万下条件戦に優勝しオープンクラスに昇格する。

昇格後、春シーズン3戦を消化し、3ヶ月の休養を経て秋を迎える。この緒戦に出走した朝日チャレンジカップから、かつて条件戦で1戦のみコンビを組んだ福永洋一を鞍上に迎えた。するとこの競走で2着、次走のハリウッドターフクラブ賞で3着と好走を見せ、続く京都記念(秋)に優勝し、38戦目で重賞初制覇を果たした。

次走に迎えた第66回天皇賞で、八大競走に初出走。出走馬の中に八大競走優勝馬が1頭もおらず、この年春の天皇賞で2着、前走でハリウッドターフクラブ賞をレコードタイムで優勝していたキームスビィミーが1番人気、ヤマニンウエーブは15頭立ての7番人気という評価であった。レースはスタートの瞬間にオウジャが落馬競走中止という展開で始まり、直後に新田幸春騎乗のパッシングゴール(8番人気)が先頭に立ち、そのまま他馬を大きく引き離していった。同馬は2周目の向正面で30-40馬身程度の大逃げを打ち、その後方でヤマニンウエーブは14番手を進んでいた。しかしこの展開に、福永は向正面から1000メートル近くのロングスパートを掛けると、最後の直線で逃げ粘るパッシングゴールを猛追、ゴール寸前にクビ差捉えての優勝を果たした。枠連配当は10,210円で、天皇賞史上初の万馬券となった。

その後は8歳まで競走生活を続行、勝利は挙げていないが、重賞で4度の2着を記録している。

競走馬引退後は日本軽種馬協会の種牡馬として宮城県で繋養される。3年間の供用で産駒は28頭と環境に恵まれず、1978年に千葉県の牧場に移動し種牡馬生活の続行が試みられた。しかし同年12月4日の放牧中に右前脚を骨折。予後不良と診断され、安楽死の措置が執られた。

競走成績

  • 1970年(13戦2勝)
    • 1着 - 端午賞
    • 3着 - つつじ賞
  • 1971年(13戦4勝)
    • 1着 - 中距離特別、布引特別、オクトーバーハンデキャップ、貴船特別
    • 2着 - 寿賞、生田特別、水無月ハンデキャップ、長良川特別、三河特別
  • 1972年(14戦4勝)
  • 1973年(6戦0勝)
    • 2着 - 京都記念 (秋)、サファイヤステークス
    • 3着 - 京阪杯
  • 1974年(2戦0勝)

血統表

ヤマニンウエーブ血統(キングファーガス系(エクリプス系) / 5代内アウトブリード (血統表の出典)

*ラヴァンダン
Lavandin
1953 鹿毛 フランス
父の父
Verso
1940 鹿毛 フランス
Pinceau Alcantara
Aquarelle
Variete La Farina
Vaya
父の母
Lavande
1936 鹿毛
Rustom Pasha Son-in-law
Cos
Livadia Epinard
Lady Kroon

ヤマナミ
1961 黒鹿毛 日本
ゴールデンウエーブ
1951 黒鹿毛 日本
ミナミホマレ *プリメロ
フロリスト
ユウコ *レイモンド
優宝
母の母
シルバーウエーブ
1952 鹿毛 日本
Balloch Obliterate
Cinna
*シルバーガル
Silver Gull
Nizami
Star Lass F-No.C3


参考文献

  • 典厩五郎「ヤマニンウエーブ - いまや伝説のレースとなった第66回天皇賞」(『夢はターフを駆けめぐる4』〈光栄出版部編、1994年〉所収)
  • 大川慶次郎ほか『サラブレッド101頭の死に方(文庫版)』(徳間書店、1999年)

外部リンク

  • 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ
(旧)最優秀5歳以上牡馬
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
最優秀4歳以上牡馬
2000年代
2010年代
2020年代
  • 1 2001年より馬齢表記法が数え年から満年齢に移行
    *2 1954-1971年は「啓衆社賞」、1972-1986年は「優駿賞」として実施
   

国際競走指定前:
001回(1937年) ハツピーマイト
003回(1938年) ヒサトモ
005回(1939年) テツモン
007回(1940年) ロツキーモアー
009回(1941年) エステイツ
011回(1942年) ニパトア
013回(1943年) クリヒカリ
016回(1947年) トヨウメ
018回(1948年) カツフジ
020回(1949年) ニユーフオード
022回(1950年) ヤシマドオター
024回(1951年) ハタカゼ
026回(1952年) トラツクオー
028回(1953年) クインナルビー
030回(1954年) オパールオーキツト
032回(1955年) ダイナナホウシユウ
034回(1956年) ミツドフアーム
036回(1957年) ハクチカラ
038回(1958年) セルローズ
040回(1959年) ガーネツト
042回(1960年) オーテモン
044回(1961年) タカマガハラ
046回(1962年) クリヒデ
048回(1963年) リユウフオーレル
050回(1964年) ヤマトキヨウダイ
052回(1965年) シンザン
054回(1966年) コレヒデ
056回(1967年) カブトシロー

058回(1968年) ニットエイト
060回(1969年) メジロタイヨウ
062回(1970年) メジロアサマ
064回(1971年) トウメイ
066回(1972年) ヤマニンウエーブ
068回(1973年) タニノチカラ
070回(1974年) カミノテシオ
072回(1975年) フジノパーシア
074回(1976年) アイフル
076回(1977年) ホクトボーイ
078回(1978年) テンメイ
080回(1979年) スリージャイアンツ
082回(1980年) プリテイキャスト
084回(1981年) ホウヨウボーイ
086回(1982年) メジロティターン
088回(1983年) キョウエイプロミス
090回(1984年) ミスターシービー
092回(1985年) ギャロップダイナ
094回(1986年) サクラユタカオー
096回(1987年) ニッポーテイオー
098回(1988年) タマモクロス
第100回(1989年) スーパークリーク
第102回(1990年) ヤエノムテキ
第104回(1991年) プレクラスニー
第106回(1992年) レッツゴーターキン
第108回(1993年) ヤマニンゼファー
第110回(1994年) ネーハイシーザー
第112回(1995年) サクラチトセオー
第114回(1996年) バブルガムフェロー

第116回(1997年) エアグルーヴ
第118回(1998年) オフサイドトラップ
第120回(1999年) スペシャルウィーク
第122回(2000年) テイエムオペラオー
第124回(2001年) アグネスデジタル
第126回(2002年) シンボリクリスエス
第128回(2003年) シンボリクリスエス
第130回(2004年) ゼンノロブロイ

国際競走指定後:
第132回(2005年) 日本の旗 ヘヴンリーロマンス
第134回(2006年) 日本の旗 ダイワメジャー
第136回(2007年) 日本の旗 メイショウサムソン
第138回(2008年) 日本の旗 ウオッカ
第140回(2009年) 日本の旗 カンパニー
第142回(2010年) 日本の旗 ブエナビスタ
第144回(2011年) 日本の旗 トーセンジョーダン
第146回(2012年) 日本の旗 エイシンフラッシュ
第148回(2013年) 日本の旗 ジャスタウェイ
第150回(2014年) 日本の旗 スピルバーグ
第152回(2015年) 日本の旗 ラブリーデイ
第154回(2016年) 日本の旗 モーリス
第156回(2017年) 日本の旗 キタサンブラック
第158回(2018年) 日本の旗 レイデオロ
第160回(2019年) 日本の旗 アーモンドアイ
第162回(2020年) 日本の旗 アーモンドアイ
第164回(2021年) 日本の旗 エフフォーリア
第166回(2022年) 日本の旗 イクイノックス
第168回(2023年) 日本の旗 イクイノックス